一年で一番長い日 27、28寂しいもの飲んでるって何だよ。俺はムッとした。慰謝料とののかの養育費をお前の姉に支払うために、倹約してるんだっつーの。「水だしコーヒーの方が良かったな。気の利かないヤツ」 憎まれ口を叩いて鍵を開け、中に入る。入れとも言わないのに智晴も入ってくる。 「素直じゃないですね。水だしコーヒーはいいけど、専用のコーヒーメーカーはあるんですか? 無いでしょう? 緑茶でガマンしなさい」 「・・・」 確かにそんな上等なものはない。俺が黙っていると、智晴は勝手に俺の冷蔵庫からブリタを出し、台所から持ってきた二つのコップに水だし緑茶を入れて水を注いだ。 「ほら。暑かったんでしょう」 「・・・サンキュ」 俺は一応礼を言った。薄緑いろのお茶を飲む。悔しいが、美味い。智晴もひと口飲んで、何やら一人で頷いている。 「値段のわりに、味は悪くないですね」 「飲めりゃいいんだよ。俺はぜーたく言わない。だけど、確かに美味いよ」 ----------------------------------- 無理だ。 ここまで書いて、prisonerNo.6は呻いた。外出から帰り、急いで夕食を摂ったら「今日」の残りはすでに後40分。そんな時間でいつも通りの量を書けるはずがない。 オレンジ警報だ! 得体の知れない物質で出来たでっかいゴムボールのようなものが、転がりながら追いかけてくる。 逃げなくては。窒息してしまう。 日本で放映された英国スパイ・スリラー風SFテレビシリーズを知らない人には何のことか分からないことを呟きながら、prisonerNo.6は出口のない思考の迷路をさまよった。 -------------------------- しばらく二人無言でお茶を啜っていた。ジンジャーコーディアルは凍えた神経を温めてくれたが、冷たい水だし緑茶は身体にこもった熱気を追い払ってくれる。 「なあ、智晴」 俺は黙ってコップをゆらせている元・義弟を見た。こいつがやると、キテ○ちゃんの絵のついたコップも、バカラのグラスに見える。 「お前が会ったアオイっていう女のことなんだが」 「昼間もそれを気にしてましたね」 智晴が横目で流し見てくるのに、俺は思い切って訊ねた。 「そのアオイは、ちゃんと女だったか?」 一瞬、物凄く妙なものを見るような目で俺を見たが、智晴は真面目に答えてくれた。 「・・・彼女が女ではないと疑うような要素は、別になかったです」 「アオイは、首に何か巻いてなかったか? スカーフとか」 「スカーフ? そんなものはしてませんでした。きれいなチョーカーをつけてましたよ」 「チョーカー? ということは・・・」 俺は考え込んだ。 「あなたの考えてることが何となくわかりましたよ」 俺の顔をじっと見つめていた智晴は、ふむ、と頷いた。 「そのチョーカーは、喉仏があるとすればちょうど隠れるくらいの幅はありました。どうです、これがあなたの知りたかったことでしょう?」 何で分かったんだ? 俺はうっと詰まった。 そ、そうだよな。話の流れからいったらそうなるよな。俺、昼もしつこくアオイは女だったのかと気にしていたし。 「そうですね、彼女のピアスに気づいたのも、あまりにもそのチョーカーの雰囲気と合わなかったからです。優雅なプリンセスデザインのチョーカーに、ひょうきんなマンボウ。あのセンスには僕も頷けなかったな」 しかも、赤い石の方のマンボウだったし。と智晴は続ける。まだ水色のほうが色的には合っていたのにと。 「考えてみれば、彼女の声はハスキーだった。女性にすればかなり低い方でしたよ。だからといって男の声にも聞こえませんでしたがね」 俺は<サンフィッシュ>で会ったあの女の声を思い出していた。そう、男の声だとは思わなかった。かすれ気味の、セクシーな声。その声で、彼女は言ったのだ。 『太陽の魚は、お日様が好きだと思う?』 男か。女か。わからない。俺は昔見たアニメのキャラクターを思い出した。<アシュラ男爵>といったか。身体の半分が男で、半分が女。 次のページ 前のページ |